第8話
今度は俺が狼狽する番だった。惚れた弱みとは、こういうことを言うのだろうか。逆に言えば、この時、既に寿美子には弱みに思うことなどなかったのだろう。
「なんで、そんなこと言うの?」
そう言うのが、俺には精一杯だった。
「だって拓磨、しつこいんだもん。」
「でも、おかしなこと言ってるのは、寿美子だよ。」
「そこまで人のプライバシー覗こうとするなら、もう嫌だよ。別れてもいいよ。」
プライバシーを覗く?
これは、そういうことになるのだろうか?
娘のメールの内容を見せろと言っているのではない。娘の携帯だという証拠を見せろと言っているのだ。
それとも、浮気の詮索をすることが、プライバシーを覗くということか?
不倫相手というものは、一体どこまで相手のプライバシーに介入することが許されるのだろうか。例え不倫という間柄であろうと、愛する相手はただ一人でなければいけないと思うのは、俺の身勝手だろうか?
「なんでそこまでの話しになるの?もういいよ。正月早々、喧嘩することないじゃん。」
俺は、不甲斐なくも折れてしまった。
「とにかく、ご飯、食べに行こうよ。」
俺は、無理矢理話しを終わらせた。
寿美子は返事をするでもなく、俺から視線をそらしていた。
「行こ。」
俺は寿美子の右手をつかみ、スクランブル交差点方向に歩き出した。
寿美子は黙って、手を引かれるままについて来る。
「何食べる?」
俺は尋ねた。
「なんでもいいよ。」
そっけない返事が返ってきた。まあ、機嫌が悪くない時でも、寿美子の返事は同じだが、今日の返事は、明らかに気持ちが入っていない。
とりあえず俺は、スクランブル交差点を渡って、センター街方向に歩いた。特にあてがあるわけではないが、とにかく、動きたかった。
正月の渋谷は混んでいた。
もろに昼食時とあって、食事ができる店は、どこも一杯だった。
歩いた末に、俺と寿美子は、道玄坂にあるファミリーレストランに並ぶことにした。
20分くらい待っただろうか。その間、会話らしい会話をしなかった。
さっきはやむを得ず、あれ以上、寿美子を追及しなかったが、それで自分の気持ちが納まるはずもなく、気持ちを切り替えて、寿美子と会話を楽しむことも、ましてや、それ以上、取り繕って、寿美子の機嫌を直す努力はできなかった。
通されたのは、入り口近くの、あまり落ち着かない2人用の小さいテーブルだった。更に喫煙席というオマケまでついている。俺も寿美子も煙草は吸わない。
寿美子が奥のソファータイプの席に座り、俺は通路側の椅子に座った。
すぐ後ろには、待っている客が立っていて、慌ただしい。
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「なんで、そんなこと言うの?」
そう言うのが、俺には精一杯だった。
「だって拓磨、しつこいんだもん。」
「でも、おかしなこと言ってるのは、寿美子だよ。」
「そこまで人のプライバシー覗こうとするなら、もう嫌だよ。別れてもいいよ。」
プライバシーを覗く?
これは、そういうことになるのだろうか?
娘のメールの内容を見せろと言っているのではない。娘の携帯だという証拠を見せろと言っているのだ。
それとも、浮気の詮索をすることが、プライバシーを覗くということか?
不倫相手というものは、一体どこまで相手のプライバシーに介入することが許されるのだろうか。例え不倫という間柄であろうと、愛する相手はただ一人でなければいけないと思うのは、俺の身勝手だろうか?
「なんでそこまでの話しになるの?もういいよ。正月早々、喧嘩することないじゃん。」
俺は、不甲斐なくも折れてしまった。
「とにかく、ご飯、食べに行こうよ。」
俺は、無理矢理話しを終わらせた。
寿美子は返事をするでもなく、俺から視線をそらしていた。
「行こ。」
俺は寿美子の右手をつかみ、スクランブル交差点方向に歩き出した。
寿美子は黙って、手を引かれるままについて来る。
「何食べる?」
俺は尋ねた。
「なんでもいいよ。」
そっけない返事が返ってきた。まあ、機嫌が悪くない時でも、寿美子の返事は同じだが、今日の返事は、明らかに気持ちが入っていない。
とりあえず俺は、スクランブル交差点を渡って、センター街方向に歩いた。特にあてがあるわけではないが、とにかく、動きたかった。
正月の渋谷は混んでいた。
もろに昼食時とあって、食事ができる店は、どこも一杯だった。
歩いた末に、俺と寿美子は、道玄坂にあるファミリーレストランに並ぶことにした。
20分くらい待っただろうか。その間、会話らしい会話をしなかった。
さっきはやむを得ず、あれ以上、寿美子を追及しなかったが、それで自分の気持ちが納まるはずもなく、気持ちを切り替えて、寿美子と会話を楽しむことも、ましてや、それ以上、取り繕って、寿美子の機嫌を直す努力はできなかった。
通されたのは、入り口近くの、あまり落ち着かない2人用の小さいテーブルだった。更に喫煙席というオマケまでついている。俺も寿美子も煙草は吸わない。
寿美子が奥のソファータイプの席に座り、俺は通路側の椅子に座った。
すぐ後ろには、待っている客が立っていて、慌ただしい。
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今年の正月の疑惑・・・
結局、前の年は、クリスマスイブの翌日に、寿美子の自宅の近くまで押し掛けて、問い詰めたのが、寿美子に会った最後だった。そのあと寿美子は、予定通りクルーザーに乗ると言って、待ち合わせの新橋まで行ってしまった。俺は新橋駅まで一緒に地下鉄で行き、改札を出て寿美子と分かれ、JRに乗り、帰った。待ち合わせ場所に誰がいるか見て行けばと寿美子に勧められたが、そう言うからには、見られても尻尾をつかまれることはないと思ってのことだろうから、無駄なことはしなかった。また、そこまでする男では、いたくなった。
年が明けた今年の1月2日、俺と寿美子は渋谷で待ち合わせをした。
渋谷で待ち合わせるというのは、円山町のラブホテルに行くということが二人の暗黙の了解だ。
どんなに疑っていても、俺は寿美子のことを愛している。今年最初に寿美子と愛し合えることを、俺は楽しみにしていた。年が変わって、寿美子との関係が、良い方向に戻ることを、俺は願っていた。不思議なもので、新年というのは、人の気持ちまで新しくする。そのこと自体は、問題を解決させる力など持っていないと解っていても。
俺は朝、仕事に行くと妻に言って、家を出た。
フリーランスという仕事だからこそ、こういうことができるのだろう。
これが、普通のサラリーマンだったら、正月に働くと言って外に出ることは、難しいに違いない。
待ち合わせは正午だった。
ハチ公前交番横のJRの改札口が、いつもの待ち合わせ場所だ。
俺は12時よりも少し前に着いた。
どうせ寿美子は、まだ来てないだろうと思って改札を出た。
ところが、交番の前に寿美子の後ろ姿が見えた。
こちらにはまだ、気付いていない。下を向いて一点を見つめている。携帯をいじっているようだ。
俺は、寿美子の後ろから
-と言っても、どの道、寿美子に近づくには、後ろからしかないのだが-
近づいた。
寿美子は、俺に気付いて、はっとした表情をした。次の瞬間、慌てて携帯をハンドバッグの中にしまった。
その時しまった携帯電話を、俺は見逃さなかった。
今まで寿美子が使っていた携帯とは、明らかに違う。
寿美子は見るからに狼狽していた。
「何、その携帯?」
俺は、新年の挨拶をする前に、その携帯に対する質問をした。
寿美子が今まで使っていた携帯は、俺と選んだものだった。
携帯など、どんなものでもいいと言う寿美子は、ドコモのムーバの古くなった機種を安く買った。
しかし、今見た携帯は、まったく違うものだった。
どこかで見覚えがある。
音楽が聴けることを謳い文句にした携帯だと思う。折り畳むと真四角なデザインは、斬新と言えばいいのだろうか。俺にはそのセンスが理解できないが。街中で見掛けたことは、一度もなかった。その携帯を今、寿美子が持っていた。
それにしても、新年最初にかけた言葉が疑いの言葉とは、俺の寿美子と良い関係に戻りたいという、ささやかな希望は、年が明けて2日ともたずに、打ち砕かれた。
「なんでもないよ。」
「なんでもなかったら、いつもと違う携帯持たないでしょ。なんなの、その携帯?」
寿美子の携帯電話は、俺名義である。名義人自らか、名義人の許可がなければ、機種変更はできないはずである。まさか、2台目を買ったのか?浮気相手用に。
俺は待ち合わせの人々で、かなり混んでいる交番の前で、寿美子を問い詰めた。何故こうも、短い間に自分の恋人を、立て続けに詰問するはめになるのだろうか。自分でも、うんざりする。
「間違って、みいちゃんの携帯、バッグに入れて来ちゃったんだよ。」
「はあ?間違って人の携帯、自分のバッグに入れる人がいるわけないじゃん。似てるんならともかく。それに、みいちゃん、携帯なんて、持ってなかったじゃん。」
「それが、この間、抽選で当たったんだよ。せっかくだから、契約したんだ。」
「なんの抽選?」
「私も良く解らないけど、どこかでもらった応募葉書、送ったらしいよ。」
「人の携帯のメール、なんで見てるの?」
「見てないよ。」
「じゃあ、今、なんで開いてたの?」
「みいちゃんからメールが来るから。」
「今、見てないって言ったじゃん。それにみいちゃんは、何からその携帯にメールするわけ?」
「私の携帯だよ。」
「寿美子は娘に、自分の携帯に入ってる内容、見られてもいいわけ?俺とのやり取り、全部見られるじゃん。」
寿美子が自分の携帯に、一切、セキュリティーをかけていないのを、俺は知っている。
「そんなこと、する子じゃないよ。」
「そんなわけ、ないじゃん。例え、置いてある携帯は、勝手に見たりしないにしても、使わせれば見るに決まってるじゃん。」
「そんなことないよ。」
寿美子の言い訳は、いつも見え見えで、言い訳の下手さに腹が立つことがある。騙されるなら、騙されていることに気付かないくらいの方が幸せだという、ひとの言葉につくづく同感する。
「その携帯、ちょっと見せてよ。」
「だめだよ。」
「なんで?」
「みいちゃんのだもん。」
「中身まで見せてとは言わないから、みいちゃんのだって判る部分を見せてよ。メールのタイトルとかで、大体判るでしょ。」
「できない。」
「なんで。」
「みいちゃんのだから。」
「だから、みいちゃんの物だってこと、証明してよ。」
「じゃあ、帰る。」
「はあ?なんで?」
これを逆切れと言わずに、何を逆切れと言うのだろうか。開き直りにも、ほどがある。
「そこまで拓磨に言われたくないよ。」
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結局、前の年は、クリスマスイブの翌日に、寿美子の自宅の近くまで押し掛けて、問い詰めたのが、寿美子に会った最後だった。そのあと寿美子は、予定通りクルーザーに乗ると言って、待ち合わせの新橋まで行ってしまった。俺は新橋駅まで一緒に地下鉄で行き、改札を出て寿美子と分かれ、JRに乗り、帰った。待ち合わせ場所に誰がいるか見て行けばと寿美子に勧められたが、そう言うからには、見られても尻尾をつかまれることはないと思ってのことだろうから、無駄なことはしなかった。また、そこまでする男では、いたくなった。
年が明けた今年の1月2日、俺と寿美子は渋谷で待ち合わせをした。
渋谷で待ち合わせるというのは、円山町のラブホテルに行くということが二人の暗黙の了解だ。
どんなに疑っていても、俺は寿美子のことを愛している。今年最初に寿美子と愛し合えることを、俺は楽しみにしていた。年が変わって、寿美子との関係が、良い方向に戻ることを、俺は願っていた。不思議なもので、新年というのは、人の気持ちまで新しくする。そのこと自体は、問題を解決させる力など持っていないと解っていても。
俺は朝、仕事に行くと妻に言って、家を出た。
フリーランスという仕事だからこそ、こういうことができるのだろう。
これが、普通のサラリーマンだったら、正月に働くと言って外に出ることは、難しいに違いない。
待ち合わせは正午だった。
ハチ公前交番横のJRの改札口が、いつもの待ち合わせ場所だ。
俺は12時よりも少し前に着いた。
どうせ寿美子は、まだ来てないだろうと思って改札を出た。
ところが、交番の前に寿美子の後ろ姿が見えた。
こちらにはまだ、気付いていない。下を向いて一点を見つめている。携帯をいじっているようだ。
俺は、寿美子の後ろから
-と言っても、どの道、寿美子に近づくには、後ろからしかないのだが-
近づいた。
寿美子は、俺に気付いて、はっとした表情をした。次の瞬間、慌てて携帯をハンドバッグの中にしまった。
その時しまった携帯電話を、俺は見逃さなかった。
今まで寿美子が使っていた携帯とは、明らかに違う。
寿美子は見るからに狼狽していた。
「何、その携帯?」
俺は、新年の挨拶をする前に、その携帯に対する質問をした。
寿美子が今まで使っていた携帯は、俺と選んだものだった。
携帯など、どんなものでもいいと言う寿美子は、ドコモのムーバの古くなった機種を安く買った。
しかし、今見た携帯は、まったく違うものだった。
どこかで見覚えがある。
音楽が聴けることを謳い文句にした携帯だと思う。折り畳むと真四角なデザインは、斬新と言えばいいのだろうか。俺にはそのセンスが理解できないが。街中で見掛けたことは、一度もなかった。その携帯を今、寿美子が持っていた。
それにしても、新年最初にかけた言葉が疑いの言葉とは、俺の寿美子と良い関係に戻りたいという、ささやかな希望は、年が明けて2日ともたずに、打ち砕かれた。
「なんでもないよ。」
「なんでもなかったら、いつもと違う携帯持たないでしょ。なんなの、その携帯?」
寿美子の携帯電話は、俺名義である。名義人自らか、名義人の許可がなければ、機種変更はできないはずである。まさか、2台目を買ったのか?浮気相手用に。
俺は待ち合わせの人々で、かなり混んでいる交番の前で、寿美子を問い詰めた。何故こうも、短い間に自分の恋人を、立て続けに詰問するはめになるのだろうか。自分でも、うんざりする。
「間違って、みいちゃんの携帯、バッグに入れて来ちゃったんだよ。」
「はあ?間違って人の携帯、自分のバッグに入れる人がいるわけないじゃん。似てるんならともかく。それに、みいちゃん、携帯なんて、持ってなかったじゃん。」
「それが、この間、抽選で当たったんだよ。せっかくだから、契約したんだ。」
「なんの抽選?」
「私も良く解らないけど、どこかでもらった応募葉書、送ったらしいよ。」
「人の携帯のメール、なんで見てるの?」
「見てないよ。」
「じゃあ、今、なんで開いてたの?」
「みいちゃんからメールが来るから。」
「今、見てないって言ったじゃん。それにみいちゃんは、何からその携帯にメールするわけ?」
「私の携帯だよ。」
「寿美子は娘に、自分の携帯に入ってる内容、見られてもいいわけ?俺とのやり取り、全部見られるじゃん。」
寿美子が自分の携帯に、一切、セキュリティーをかけていないのを、俺は知っている。
「そんなこと、する子じゃないよ。」
「そんなわけ、ないじゃん。例え、置いてある携帯は、勝手に見たりしないにしても、使わせれば見るに決まってるじゃん。」
「そんなことないよ。」
寿美子の言い訳は、いつも見え見えで、言い訳の下手さに腹が立つことがある。騙されるなら、騙されていることに気付かないくらいの方が幸せだという、ひとの言葉につくづく同感する。
「その携帯、ちょっと見せてよ。」
「だめだよ。」
「なんで?」
「みいちゃんのだもん。」
「中身まで見せてとは言わないから、みいちゃんのだって判る部分を見せてよ。メールのタイトルとかで、大体判るでしょ。」
「できない。」
「なんで。」
「みいちゃんのだから。」
「だから、みいちゃんの物だってこと、証明してよ。」
「じゃあ、帰る。」
「はあ?なんで?」
これを逆切れと言わずに、何を逆切れと言うのだろうか。開き直りにも、ほどがある。
「そこまで拓磨に言われたくないよ。」
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「だから寿美子が本当のこと言ったらね。」
喫茶店アマンドの中は少し混み始めた。平日の昼間の喫茶店というのは、どうしてこうもサラリーマン一人という姿が多いのだろうか。全員が仕事をさぼっている営業マンに見える。全員でないにしても、その何割かは本当にさぼっているのだろう。
「いないのに、いるって言えないでしょ。」
寿美子はそれでも、浮気していないことを主張した。
「じゃあ、俺から言うけど、去年のクリスマスイブ、男と会ってたでしょ。」
寿美子は一瞬、考えた。
「会ってないよ。」
「みいちゃんの友達のうちに、パーティー呼ばれたとか言ってた日だよ。本当は、一晩中、男とドライブして、どっか泊まったんでしょ。」
「またその話し?違うって、あの時言ったでしょ。」
「どう考えたって、あれはクロだよ。」
「そう思うのは、拓磨の勝手だよ。」
「別れて欲しいんなら、正直に言えばいいじゃん。何を、この期に及んで隠すことあるの?その心理が俺には理解できないよ。最後まで、ええかっこしたいの?どうせ別れる相手なら、何言ったっていいじゃん。」
「・・・」
「俺が最初に疑い出したのは、その時だよ。」
「・・・」
「じゃあ、もっと言おうか。その1週間くらいあと、年が明けた今年の正月、2日に会ったよね。あの時、突然、変な携帯持ってたよね。なんか苦しい言い訳してたけど。あれだっておかしいよ。」
俺は次の疑惑の種を、寿美子にぶつけた。
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喫茶店アマンドの中は少し混み始めた。平日の昼間の喫茶店というのは、どうしてこうもサラリーマン一人という姿が多いのだろうか。全員が仕事をさぼっている営業マンに見える。全員でないにしても、その何割かは本当にさぼっているのだろう。
「いないのに、いるって言えないでしょ。」
寿美子はそれでも、浮気していないことを主張した。
「じゃあ、俺から言うけど、去年のクリスマスイブ、男と会ってたでしょ。」
寿美子は一瞬、考えた。
「会ってないよ。」
「みいちゃんの友達のうちに、パーティー呼ばれたとか言ってた日だよ。本当は、一晩中、男とドライブして、どっか泊まったんでしょ。」
「またその話し?違うって、あの時言ったでしょ。」
「どう考えたって、あれはクロだよ。」
「そう思うのは、拓磨の勝手だよ。」
「別れて欲しいんなら、正直に言えばいいじゃん。何を、この期に及んで隠すことあるの?その心理が俺には理解できないよ。最後まで、ええかっこしたいの?どうせ別れる相手なら、何言ったっていいじゃん。」
「・・・」
「俺が最初に疑い出したのは、その時だよ。」
「・・・」
「じゃあ、もっと言おうか。その1週間くらいあと、年が明けた今年の正月、2日に会ったよね。あの時、突然、変な携帯持ってたよね。なんか苦しい言い訳してたけど。あれだっておかしいよ。」
俺は次の疑惑の種を、寿美子にぶつけた。
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『どうしたの?』
俺は返信した。
『お化粧に時間かかっちゃって。』
寿美子から返事が返ってきた。
『何時頃になる?』
『15分くらい遅れるかな。』
いつものことだが寿美子が約束の時間通りに来ることはあまりない。30分などというのはざらで、1時間待たされる時もある。ほとんどは娘のことを理由にする。「みいちゃん」という言葉を免罪符にしているかのようである。
俺はテーブルの上の冷めたコーヒーを口に含んだ。
結局、寿美子がやって来たのは、更に15分遅れの9時半頃だった。
「ごめん、待った?」
寿美子はコーヒーを持って、ソファーに座っている俺とテーブルを挟み向かいに座った。
「夕べはどこ行ってたの?」
真実の答えが返ってくることがないのを承知で、俺は尋ねた。
「みいちゃんの友達のうちだって。」
予想通りなんの進展もない答えが返ってきた。
「ねえ、本当のこと言いなよ。」
「しつこいよ。」
寿美子は切れ気味に答えた。
「寿美子の言うことって、辻褄だけは合ってるけど、全部後から付け足してるだけなんだよ。」
俺は思っていることをストレートにぶつけた。
「でも本当のことなんだから仕方ないじゃない。」
「それに、寿美子の夕べから今までの行動って、俺への配慮がどこにも入ってないんだよ。昨日からメールに返信してないことや、電話を切ったことは寿美子自身、自覚があるはずでしょ。今まで、気にもしてなかったてことじゃん。普段の寿美子なら、なんかメールしてくるはずじゃない?」
「・・・」
「それに、寿美子は朝ごはんまでご馳走になりたくなかったとか言ってるけど、5時に起きて出てくるなんて不自然だよ。」
「・・・」
「やっぱ、俺が電話する直前まで誰かと一緒にいて、連絡できなかったし、連絡する気もなかったていうのが本当なんじゃないの?」
「そんなことないよ。」
「本当に俺のこと愛してるの?」
「愛してるよ。」
「でも言ってることと、やってることが違うじゃん。」
「・・・」
「ほかに男ができたんなら、はっきり言いなって言ってるんだよ。」
「いないし、拓磨だけを愛してるよ。」
今度は俺が黙ってしまった。寿美子は限りなくクロに近い。正直、最近、寿美子の俺への愛情の薄まりを感じていた。喧嘩をする周期が短くなってきている。喧嘩の度に、俺と別れて結婚できる相手が欲しいという言葉が寿美子の口から出てくる。そんな中のこの事件である。俺が正直に言ったら別れてやると水を向けたのだから、事実ならば、この時とばかりに告白しても良さそうなものである。なのに寿美子は白状しない。一体、何を考えているのだろうか。見当もつかない。もしかしたら本当に、俺の思い過ごしなのかもしれないとすら考えそうになる。
「もういいでしょ。」
寿美子が俺の沈黙に乗じて畳み掛かってきた。
「俺は納得してないけど。」
「拓磨には悪いことしたよ。今までメールしなくて、ごめんね。」
「それで俺が許して終わりなの?」
「それじゃ駄目なの?」
「クルーザーって何よ?」
「だから言ったじゃない。」
「そこからして怪しいんだよ。」
「大勢で行くんだよ。疑うなら新橋までついて来ればいいじゃん。待ち合わせの喫茶店、覗いてみれば?」
「大勢だから浮気相手がいないって証明にはならないけどね。」
「じゃあ好きにしなよ。」
「開き直るんだ?」
「だって拓磨、何言ったって信じてくれないじゃない。」
「寿美子が事実を隠して不自然な嘘で固めるからだよ。」
「嘘じゃないってば。」
寿美子を自白させることは無理だと俺は悟った。それに、浮気と一方的に決めつけて、別れを告げるには、寿美子を失いたくないという気持ちの方がまだ大きかった。
俺は落としどころを探さずを得なかった。
「寿美子は俺のものなの?」
「そうだよ。」
「じゃあ、キスして。」
見えるところに、ほかの客がいないことを確かめて俺は言った。防犯カメラがあるかもしれないが。人の目でないなら、この際気にしない。
「口紅が落ちちゃうよ。」
と言いつつも寿美子は目をつぶって顔を近付けてきた。同時にテーブルの上に乗った豊かな胸がせりだしてくる。白い薄手のふわふわとしたセーターが胸の大きさを強調している。
俺は目を閉じずに、寿美子の唇を受けた。
寿美子の厚みのある舌を自分の口の中に導き入れる。この熱さ、この弾力、このねっとりとしたからみつき具合、この表情、すべてが好きだ。この女とのキスは飽きることがない。これがいつものホテルだったら、5分以上続けていただろう。しかし、ここはいつ誰が来るかも分からない喫茶店の中である。俺はほんの一瞬の安堵感とともに寿美子の唇を離した。
「口紅直してくるよ。」
寿美子はそう言って席を立った。
これが疑惑の始まりだった。
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俺は返信した。
『お化粧に時間かかっちゃって。』
寿美子から返事が返ってきた。
『何時頃になる?』
『15分くらい遅れるかな。』
いつものことだが寿美子が約束の時間通りに来ることはあまりない。30分などというのはざらで、1時間待たされる時もある。ほとんどは娘のことを理由にする。「みいちゃん」という言葉を免罪符にしているかのようである。
俺はテーブルの上の冷めたコーヒーを口に含んだ。
結局、寿美子がやって来たのは、更に15分遅れの9時半頃だった。
「ごめん、待った?」
寿美子はコーヒーを持って、ソファーに座っている俺とテーブルを挟み向かいに座った。
「夕べはどこ行ってたの?」
真実の答えが返ってくることがないのを承知で、俺は尋ねた。
「みいちゃんの友達のうちだって。」
予想通りなんの進展もない答えが返ってきた。
「ねえ、本当のこと言いなよ。」
「しつこいよ。」
寿美子は切れ気味に答えた。
「寿美子の言うことって、辻褄だけは合ってるけど、全部後から付け足してるだけなんだよ。」
俺は思っていることをストレートにぶつけた。
「でも本当のことなんだから仕方ないじゃない。」
「それに、寿美子の夕べから今までの行動って、俺への配慮がどこにも入ってないんだよ。昨日からメールに返信してないことや、電話を切ったことは寿美子自身、自覚があるはずでしょ。今まで、気にもしてなかったてことじゃん。普段の寿美子なら、なんかメールしてくるはずじゃない?」
「・・・」
「それに、寿美子は朝ごはんまでご馳走になりたくなかったとか言ってるけど、5時に起きて出てくるなんて不自然だよ。」
「・・・」
「やっぱ、俺が電話する直前まで誰かと一緒にいて、連絡できなかったし、連絡する気もなかったていうのが本当なんじゃないの?」
「そんなことないよ。」
「本当に俺のこと愛してるの?」
「愛してるよ。」
「でも言ってることと、やってることが違うじゃん。」
「・・・」
「ほかに男ができたんなら、はっきり言いなって言ってるんだよ。」
「いないし、拓磨だけを愛してるよ。」
今度は俺が黙ってしまった。寿美子は限りなくクロに近い。正直、最近、寿美子の俺への愛情の薄まりを感じていた。喧嘩をする周期が短くなってきている。喧嘩の度に、俺と別れて結婚できる相手が欲しいという言葉が寿美子の口から出てくる。そんな中のこの事件である。俺が正直に言ったら別れてやると水を向けたのだから、事実ならば、この時とばかりに告白しても良さそうなものである。なのに寿美子は白状しない。一体、何を考えているのだろうか。見当もつかない。もしかしたら本当に、俺の思い過ごしなのかもしれないとすら考えそうになる。
「もういいでしょ。」
寿美子が俺の沈黙に乗じて畳み掛かってきた。
「俺は納得してないけど。」
「拓磨には悪いことしたよ。今までメールしなくて、ごめんね。」
「それで俺が許して終わりなの?」
「それじゃ駄目なの?」
「クルーザーって何よ?」
「だから言ったじゃない。」
「そこからして怪しいんだよ。」
「大勢で行くんだよ。疑うなら新橋までついて来ればいいじゃん。待ち合わせの喫茶店、覗いてみれば?」
「大勢だから浮気相手がいないって証明にはならないけどね。」
「じゃあ好きにしなよ。」
「開き直るんだ?」
「だって拓磨、何言ったって信じてくれないじゃない。」
「寿美子が事実を隠して不自然な嘘で固めるからだよ。」
「嘘じゃないってば。」
寿美子を自白させることは無理だと俺は悟った。それに、浮気と一方的に決めつけて、別れを告げるには、寿美子を失いたくないという気持ちの方がまだ大きかった。
俺は落としどころを探さずを得なかった。
「寿美子は俺のものなの?」
「そうだよ。」
「じゃあ、キスして。」
見えるところに、ほかの客がいないことを確かめて俺は言った。防犯カメラがあるかもしれないが。人の目でないなら、この際気にしない。
「口紅が落ちちゃうよ。」
と言いつつも寿美子は目をつぶって顔を近付けてきた。同時にテーブルの上に乗った豊かな胸がせりだしてくる。白い薄手のふわふわとしたセーターが胸の大きさを強調している。
俺は目を閉じずに、寿美子の唇を受けた。
寿美子の厚みのある舌を自分の口の中に導き入れる。この熱さ、この弾力、このねっとりとしたからみつき具合、この表情、すべてが好きだ。この女とのキスは飽きることがない。これがいつものホテルだったら、5分以上続けていただろう。しかし、ここはいつ誰が来るかも分からない喫茶店の中である。俺はほんの一瞬の安堵感とともに寿美子の唇を離した。
「口紅直してくるよ。」
寿美子はそう言って席を立った。
これが疑惑の始まりだった。
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泉岳寺のA4出口を出た右に喫茶店ザネッティはある。
俺はエスプレッソをたのみ、左奥にある階段5段ほど高くなった、外や店内から死角になっている席に座った。奥まった場所に、ソファータイプの椅子というのが気に入っているので寿美子と泉岳寺周辺で待ち合わせる時は、いつもここを利用する。ちょっと不思議なのは、店内に入った左にエレベーターがあり、4階にある焼肉の牛角の入口にもなっている。
今、客は少ない。
9時までの1時間足らずの間がなんと長いことだろうか。
俺はコーヒーを飲みながら、今、寿美子と話した内容を改めて反すうした。
寿美子の言うことはすべて辻褄があっている。しかし、すべてが後付けである。寿美子から俺に連絡する機会は、いくらでもあった。なのに寿美子は俺から電話するまでメールすらよこさなかった。仮に寿美子の言う通り、酔っぱらって寝てしまっていたとしても、朝起きた時、メールチェックをするはずである。今まで、何もやり取りする内容がなかった日でも、「おやすみ」「おはよう」のメールだけはお互い、ほとんど欠かしたことがない。寿美子が自分の都合でそれをしなかったのだから、真っ先に気になるはずである。俺がきのう出したメールに返信していないのだから、先ずは、なんらかの返信をしようと思うのが普段の寿美子のはずである。それに俺は今朝、寿美子の娘に心配してるから連絡して欲しいと伝言を頼んでおいて、それを寿美子は間違いなく聞いている。なのに連絡することはなかった。別れるつもりだから、どうでも良いと思っている相手なら仕方ないが、少なくとも、さっきの様子では、まだ俺と別れたくないらしい。ならば何故、これ程までに俺をないがしろにするのか?答えは、つい今しがたまでメールも電話もできない環境にいたと考えるのが妥当ではないだろうか。俺が電話する、わずか数分から十数分前まで、誰かと一緒にいて、俺からの電話がつながらないように電源を切っていた。その誰かに自宅まで車で送ってもらった。携帯の電源は車を降りた直後か、または自宅に戻ってから入れた。俺から電話があったこと、母はコンビニに行っていると適当に言っておいたこと、俺から連絡するように頼まれていたことを娘の美和から告げられた。それを聞いて、どうしようか考えていたか、メールを打っている最中に、俺から電話がかかってきた。そう考えれば、すべての辻褄が合う。今日、クルーザーに乗ると言うのは、日常、考えつくことではない話しなので、おそらく本当のことなのであろう。しかし、誘われた相手は、寿美子の言う、娘の友達の両親ではなく、今朝まで一緒にいた相手ではないだろうか。
俺は寿美子と出会ってからの約5年間、感じたこともなかった不安に襲われた。
今まで、相思相愛を疑ってもみなかった。
口では寿美子に、結婚できそうな相手が見つかったら、その時はいつでも別れてやるなどと言っていたし、実際、そうしてやろうと思っていた気持ちが突然、揺らぎ始めた。
コーヒーはとっくに冷たくなっている。
そんなことを考えている時、寿美子からメールが入った。
『ごめん、少し遅れる。』
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俺はエスプレッソをたのみ、左奥にある階段5段ほど高くなった、外や店内から死角になっている席に座った。奥まった場所に、ソファータイプの椅子というのが気に入っているので寿美子と泉岳寺周辺で待ち合わせる時は、いつもここを利用する。ちょっと不思議なのは、店内に入った左にエレベーターがあり、4階にある焼肉の牛角の入口にもなっている。
今、客は少ない。
9時までの1時間足らずの間がなんと長いことだろうか。
俺はコーヒーを飲みながら、今、寿美子と話した内容を改めて反すうした。
寿美子の言うことはすべて辻褄があっている。しかし、すべてが後付けである。寿美子から俺に連絡する機会は、いくらでもあった。なのに寿美子は俺から電話するまでメールすらよこさなかった。仮に寿美子の言う通り、酔っぱらって寝てしまっていたとしても、朝起きた時、メールチェックをするはずである。今まで、何もやり取りする内容がなかった日でも、「おやすみ」「おはよう」のメールだけはお互い、ほとんど欠かしたことがない。寿美子が自分の都合でそれをしなかったのだから、真っ先に気になるはずである。俺がきのう出したメールに返信していないのだから、先ずは、なんらかの返信をしようと思うのが普段の寿美子のはずである。それに俺は今朝、寿美子の娘に心配してるから連絡して欲しいと伝言を頼んでおいて、それを寿美子は間違いなく聞いている。なのに連絡することはなかった。別れるつもりだから、どうでも良いと思っている相手なら仕方ないが、少なくとも、さっきの様子では、まだ俺と別れたくないらしい。ならば何故、これ程までに俺をないがしろにするのか?答えは、つい今しがたまでメールも電話もできない環境にいたと考えるのが妥当ではないだろうか。俺が電話する、わずか数分から十数分前まで、誰かと一緒にいて、俺からの電話がつながらないように電源を切っていた。その誰かに自宅まで車で送ってもらった。携帯の電源は車を降りた直後か、または自宅に戻ってから入れた。俺から電話があったこと、母はコンビニに行っていると適当に言っておいたこと、俺から連絡するように頼まれていたことを娘の美和から告げられた。それを聞いて、どうしようか考えていたか、メールを打っている最中に、俺から電話がかかってきた。そう考えれば、すべての辻褄が合う。今日、クルーザーに乗ると言うのは、日常、考えつくことではない話しなので、おそらく本当のことなのであろう。しかし、誘われた相手は、寿美子の言う、娘の友達の両親ではなく、今朝まで一緒にいた相手ではないだろうか。
俺は寿美子と出会ってからの約5年間、感じたこともなかった不安に襲われた。
今まで、相思相愛を疑ってもみなかった。
口では寿美子に、結婚できそうな相手が見つかったら、その時はいつでも別れてやるなどと言っていたし、実際、そうしてやろうと思っていた気持ちが突然、揺らぎ始めた。
コーヒーはとっくに冷たくなっている。
そんなことを考えている時、寿美子からメールが入った。
『ごめん、少し遅れる。』
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