第2話

10時、ご馳走もケーキもコーヒーも、すべて片付け終わった頃、俺は再び仕事をすると言って仕事部屋に戻った。携帯を見てもメール着信を示すマークはついていない。無駄とは思いつつメール問い合わせをしてみた。やはり入っていない。俺はもう一度、寿美子の携帯に電話をしてみた。

『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入ってないため掛かりません。』

新たな疑いが俺を悩ませることになった。電源を切ったのか。もう一度掛けてみた。やはり同じアナウンスが流れる。電波状態が悪いところにいるのか?悲観的観測と希望的観測か入り乱れる。俺はもう一度掛けた。繋がった。呼び出し音が鳴る。1回、2回、切れた。やはり電波状態か?リダイヤルした。再び呼び出し音が鳴る。出た。そう思うのもつかの間、すぐに切れてしまった。間違いなく意図的に寿美子は切った。もう一度ダイヤルした。

『お掛けになった電話は・・・』

それから5分ほど掛け続けてみたが出るのはいつも同じ女性の声だった。
どう解釈したらいいのだろう。悪いことばかりが頭を過る。
11時を過ぎたころ、意を決して俺は寿美子の自宅に電話を掛けてみることにした。もし娘が出て母親はいないということになれば、寿美子はクロということになる。しかし予想に反して電話には誰も出なかった。
こうなると判らないのは、果たして寿美子は本当に娘と一緒なのかどうかである。その後も俺は、寿美子の携帯に電話を何度も掛けたが、二度と呼び出し音が鳴ることはなかった。
その夜、俺は一睡もできなかった。嫌なイメージだけが頭に浮かぶ。男とドライブして楽しそうな笑顔の寿美子。男に抱かれ歓喜の表情を浮かべている寿美子。
翌日は日曜日であった。日曜に俺が仕事をすることは、ほとんどないのだが、俺は妻に仕事に行くと言って朝6時頃、家を出た。日曜に仕事をするのも変だが、こんなに早く出るのも変だ。妻には異様に映ったかもしれない。
自宅のマンションが見えなくなったことを確認して、俺は寿美子の携帯に電話をした。まだ電源は切られているようだ。続けて寿美子の自宅に電話した。朝の6時という時間は、ひとの家に電話するには、いささか早いと思ったが。

5回ほど呼び出し音が鳴った後、電話がつながった。

『はい、佐竹です。』

寿美子の娘の声であった。

『もしもし伊達ですけど。』

寿美子の娘は俺のことを知っている。お互い会ったことはないが、母親に付き合っている男がいて、伊達という名前で、たまに電話を掛けてくるということを知っている。寿美子の話しを繋ぎ合わせると、娘は俺をあまり快く思っていないようだ。だから、たまに電話に出た時の態度も好意的ではない。だが今はそんなことを気にしている余裕はない。

『お母さんいますか?』

『いません。』

いつもの通り、素っ気ない返事だった。この子がまだ小学校にも上がっていないころに両親は離婚し、それ以来、母ひとり子ひとりで、今は高校受験を控えた中3である。

『お母さんにきのうから連絡を取ろうとしてるんですけど、つかまらないんですよ。何かあったのかと思って心配してるんですけど。』

娘が出た時のことを想定して用意していた言葉を俺は出した。

『お母さんなら大丈夫です。』

その時、寿美子とこの娘は昨夜、一緒ではなかったと俺は直感した。

『お母さん、夕べ帰って来ましたか?』

『はい。』

嘘だ。俺は心の中で思った。

『今、どこですか?』

『コンビニに買い物に行ってます。』

寿美子親子が住んでいるアパートから5分くらい離れたところにあるセブンイレブンのことを言っているのだろう。こんなに朝早くから?

『携帯持ってますか?』

俺は尋ねた。

『持ってると思いますけど。』

『おかしいな、繋がんないんだけど。』

『私には解りません。』

これで娘は今、寿美子がどこでどうしているのか知らないが、口裏だけは合わせようとしていることが解った。

『じゃあ、お母さんが帰ってきら電話するように伝えてください。』

俺は娘に頼んだ。
コンビニに行っているのであれば、遅くとも30分程度で帰ってくるはずである。しかし俺は30分以内に寿美子から電話がかかってくるとは思わなかった。
とにかく俺は、寿美子の家に向かった。行ってどうなるものでもないと知っていたし、ましてや家に乗り込むわけにもいかなかった。しかし、近くまで行かずにはいられなかった。

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