第4話

泉岳寺のA4出口を出た右に喫茶店ザネッティはある。

俺はエスプレッソをたのみ、左奥にある階段5段ほど高くなった、外や店内から死角になっている席に座った。奥まった場所に、ソファータイプの椅子というのが気に入っているので寿美子と泉岳寺周辺で待ち合わせる時は、いつもここを利用する。ちょっと不思議なのは、店内に入った左にエレベーターがあり、4階にある焼肉の牛角の入口にもなっている。
今、客は少ない。

9時までの1時間足らずの間がなんと長いことだろうか。

俺はコーヒーを飲みながら、今、寿美子と話した内容を改めて反すうした。
寿美子の言うことはすべて辻褄があっている。しかし、すべてが後付けである。寿美子から俺に連絡する機会は、いくらでもあった。なのに寿美子は俺から電話するまでメールすらよこさなかった。仮に寿美子の言う通り、酔っぱらって寝てしまっていたとしても、朝起きた時、メールチェックをするはずである。今まで、何もやり取りする内容がなかった日でも、「おやすみ」「おはよう」のメールだけはお互い、ほとんど欠かしたことがない。寿美子が自分の都合でそれをしなかったのだから、真っ先に気になるはずである。俺がきのう出したメールに返信していないのだから、先ずは、なんらかの返信をしようと思うのが普段の寿美子のはずである。それに俺は今朝、寿美子の娘に心配してるから連絡して欲しいと伝言を頼んでおいて、それを寿美子は間違いなく聞いている。なのに連絡することはなかった。別れるつもりだから、どうでも良いと思っている相手なら仕方ないが、少なくとも、さっきの様子では、まだ俺と別れたくないらしい。ならば何故、これ程までに俺をないがしろにするのか?答えは、つい今しがたまでメールも電話もできない環境にいたと考えるのが妥当ではないだろうか。俺が電話する、わずか数分から十数分前まで、誰かと一緒にいて、俺からの電話がつながらないように電源を切っていた。その誰かに自宅まで車で送ってもらった。携帯の電源は車を降りた直後か、または自宅に戻ってから入れた。俺から電話があったこと、母はコンビニに行っていると適当に言っておいたこと、俺から連絡するように頼まれていたことを娘の美和から告げられた。それを聞いて、どうしようか考えていたか、メールを打っている最中に、俺から電話がかかってきた。そう考えれば、すべての辻褄が合う。今日、クルーザーに乗ると言うのは、日常、考えつくことではない話しなので、おそらく本当のことなのであろう。しかし、誘われた相手は、寿美子の言う、娘の友達の両親ではなく、今朝まで一緒にいた相手ではないだろうか。

俺は寿美子と出会ってからの約5年間、感じたこともなかった不安に襲われた。
今まで、相思相愛を疑ってもみなかった。
口では寿美子に、結婚できそうな相手が見つかったら、その時はいつでも別れてやるなどと言っていたし、実際、そうしてやろうと思っていた気持ちが突然、揺らぎ始めた。
コーヒーはとっくに冷たくなっている。

そんなことを考えている時、寿美子からメールが入った。

『ごめん、少し遅れる。』

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