第5話
『どうしたの?』
俺は返信した。
『お化粧に時間かかっちゃって。』
寿美子から返事が返ってきた。
『何時頃になる?』
『15分くらい遅れるかな。』
いつものことだが寿美子が約束の時間通りに来ることはあまりない。30分などというのはざらで、1時間待たされる時もある。ほとんどは娘のことを理由にする。「みいちゃん」という言葉を免罪符にしているかのようである。
俺はテーブルの上の冷めたコーヒーを口に含んだ。
結局、寿美子がやって来たのは、更に15分遅れの9時半頃だった。
「ごめん、待った?」
寿美子はコーヒーを持って、ソファーに座っている俺とテーブルを挟み向かいに座った。
「夕べはどこ行ってたの?」
真実の答えが返ってくることがないのを承知で、俺は尋ねた。
「みいちゃんの友達のうちだって。」
予想通りなんの進展もない答えが返ってきた。
「ねえ、本当のこと言いなよ。」
「しつこいよ。」
寿美子は切れ気味に答えた。
「寿美子の言うことって、辻褄だけは合ってるけど、全部後から付け足してるだけなんだよ。」
俺は思っていることをストレートにぶつけた。
「でも本当のことなんだから仕方ないじゃない。」
「それに、寿美子の夕べから今までの行動って、俺への配慮がどこにも入ってないんだよ。昨日からメールに返信してないことや、電話を切ったことは寿美子自身、自覚があるはずでしょ。今まで、気にもしてなかったてことじゃん。普段の寿美子なら、なんかメールしてくるはずじゃない?」
「・・・」
「それに、寿美子は朝ごはんまでご馳走になりたくなかったとか言ってるけど、5時に起きて出てくるなんて不自然だよ。」
「・・・」
「やっぱ、俺が電話する直前まで誰かと一緒にいて、連絡できなかったし、連絡する気もなかったていうのが本当なんじゃないの?」
「そんなことないよ。」
「本当に俺のこと愛してるの?」
「愛してるよ。」
「でも言ってることと、やってることが違うじゃん。」
「・・・」
「ほかに男ができたんなら、はっきり言いなって言ってるんだよ。」
「いないし、拓磨だけを愛してるよ。」
今度は俺が黙ってしまった。寿美子は限りなくクロに近い。正直、最近、寿美子の俺への愛情の薄まりを感じていた。喧嘩をする周期が短くなってきている。喧嘩の度に、俺と別れて結婚できる相手が欲しいという言葉が寿美子の口から出てくる。そんな中のこの事件である。俺が正直に言ったら別れてやると水を向けたのだから、事実ならば、この時とばかりに告白しても良さそうなものである。なのに寿美子は白状しない。一体、何を考えているのだろうか。見当もつかない。もしかしたら本当に、俺の思い過ごしなのかもしれないとすら考えそうになる。
「もういいでしょ。」
寿美子が俺の沈黙に乗じて畳み掛かってきた。
「俺は納得してないけど。」
「拓磨には悪いことしたよ。今までメールしなくて、ごめんね。」
「それで俺が許して終わりなの?」
「それじゃ駄目なの?」
「クルーザーって何よ?」
「だから言ったじゃない。」
「そこからして怪しいんだよ。」
「大勢で行くんだよ。疑うなら新橋までついて来ればいいじゃん。待ち合わせの喫茶店、覗いてみれば?」
「大勢だから浮気相手がいないって証明にはならないけどね。」
「じゃあ好きにしなよ。」
「開き直るんだ?」
「だって拓磨、何言ったって信じてくれないじゃない。」
「寿美子が事実を隠して不自然な嘘で固めるからだよ。」
「嘘じゃないってば。」
寿美子を自白させることは無理だと俺は悟った。それに、浮気と一方的に決めつけて、別れを告げるには、寿美子を失いたくないという気持ちの方がまだ大きかった。
俺は落としどころを探さずを得なかった。
「寿美子は俺のものなの?」
「そうだよ。」
「じゃあ、キスして。」
見えるところに、ほかの客がいないことを確かめて俺は言った。防犯カメラがあるかもしれないが。人の目でないなら、この際気にしない。
「口紅が落ちちゃうよ。」
と言いつつも寿美子は目をつぶって顔を近付けてきた。同時にテーブルの上に乗った豊かな胸がせりだしてくる。白い薄手のふわふわとしたセーターが胸の大きさを強調している。
俺は目を閉じずに、寿美子の唇を受けた。
寿美子の厚みのある舌を自分の口の中に導き入れる。この熱さ、この弾力、このねっとりとしたからみつき具合、この表情、すべてが好きだ。この女とのキスは飽きることがない。これがいつものホテルだったら、5分以上続けていただろう。しかし、ここはいつ誰が来るかも分からない喫茶店の中である。俺はほんの一瞬の安堵感とともに寿美子の唇を離した。
「口紅直してくるよ。」
寿美子はそう言って席を立った。
これが疑惑の始まりだった。
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俺は返信した。
『お化粧に時間かかっちゃって。』
寿美子から返事が返ってきた。
『何時頃になる?』
『15分くらい遅れるかな。』
いつものことだが寿美子が約束の時間通りに来ることはあまりない。30分などというのはざらで、1時間待たされる時もある。ほとんどは娘のことを理由にする。「みいちゃん」という言葉を免罪符にしているかのようである。
俺はテーブルの上の冷めたコーヒーを口に含んだ。
結局、寿美子がやって来たのは、更に15分遅れの9時半頃だった。
「ごめん、待った?」
寿美子はコーヒーを持って、ソファーに座っている俺とテーブルを挟み向かいに座った。
「夕べはどこ行ってたの?」
真実の答えが返ってくることがないのを承知で、俺は尋ねた。
「みいちゃんの友達のうちだって。」
予想通りなんの進展もない答えが返ってきた。
「ねえ、本当のこと言いなよ。」
「しつこいよ。」
寿美子は切れ気味に答えた。
「寿美子の言うことって、辻褄だけは合ってるけど、全部後から付け足してるだけなんだよ。」
俺は思っていることをストレートにぶつけた。
「でも本当のことなんだから仕方ないじゃない。」
「それに、寿美子の夕べから今までの行動って、俺への配慮がどこにも入ってないんだよ。昨日からメールに返信してないことや、電話を切ったことは寿美子自身、自覚があるはずでしょ。今まで、気にもしてなかったてことじゃん。普段の寿美子なら、なんかメールしてくるはずじゃない?」
「・・・」
「それに、寿美子は朝ごはんまでご馳走になりたくなかったとか言ってるけど、5時に起きて出てくるなんて不自然だよ。」
「・・・」
「やっぱ、俺が電話する直前まで誰かと一緒にいて、連絡できなかったし、連絡する気もなかったていうのが本当なんじゃないの?」
「そんなことないよ。」
「本当に俺のこと愛してるの?」
「愛してるよ。」
「でも言ってることと、やってることが違うじゃん。」
「・・・」
「ほかに男ができたんなら、はっきり言いなって言ってるんだよ。」
「いないし、拓磨だけを愛してるよ。」
今度は俺が黙ってしまった。寿美子は限りなくクロに近い。正直、最近、寿美子の俺への愛情の薄まりを感じていた。喧嘩をする周期が短くなってきている。喧嘩の度に、俺と別れて結婚できる相手が欲しいという言葉が寿美子の口から出てくる。そんな中のこの事件である。俺が正直に言ったら別れてやると水を向けたのだから、事実ならば、この時とばかりに告白しても良さそうなものである。なのに寿美子は白状しない。一体、何を考えているのだろうか。見当もつかない。もしかしたら本当に、俺の思い過ごしなのかもしれないとすら考えそうになる。
「もういいでしょ。」
寿美子が俺の沈黙に乗じて畳み掛かってきた。
「俺は納得してないけど。」
「拓磨には悪いことしたよ。今までメールしなくて、ごめんね。」
「それで俺が許して終わりなの?」
「それじゃ駄目なの?」
「クルーザーって何よ?」
「だから言ったじゃない。」
「そこからして怪しいんだよ。」
「大勢で行くんだよ。疑うなら新橋までついて来ればいいじゃん。待ち合わせの喫茶店、覗いてみれば?」
「大勢だから浮気相手がいないって証明にはならないけどね。」
「じゃあ好きにしなよ。」
「開き直るんだ?」
「だって拓磨、何言ったって信じてくれないじゃない。」
「寿美子が事実を隠して不自然な嘘で固めるからだよ。」
「嘘じゃないってば。」
寿美子を自白させることは無理だと俺は悟った。それに、浮気と一方的に決めつけて、別れを告げるには、寿美子を失いたくないという気持ちの方がまだ大きかった。
俺は落としどころを探さずを得なかった。
「寿美子は俺のものなの?」
「そうだよ。」
「じゃあ、キスして。」
見えるところに、ほかの客がいないことを確かめて俺は言った。防犯カメラがあるかもしれないが。人の目でないなら、この際気にしない。
「口紅が落ちちゃうよ。」
と言いつつも寿美子は目をつぶって顔を近付けてきた。同時にテーブルの上に乗った豊かな胸がせりだしてくる。白い薄手のふわふわとしたセーターが胸の大きさを強調している。
俺は目を閉じずに、寿美子の唇を受けた。
寿美子の厚みのある舌を自分の口の中に導き入れる。この熱さ、この弾力、このねっとりとしたからみつき具合、この表情、すべてが好きだ。この女とのキスは飽きることがない。これがいつものホテルだったら、5分以上続けていただろう。しかし、ここはいつ誰が来るかも分からない喫茶店の中である。俺はほんの一瞬の安堵感とともに寿美子の唇を離した。
「口紅直してくるよ。」
寿美子はそう言って席を立った。
これが疑惑の始まりだった。
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